真世STORY⑥ 人生のリセットボタンを押してから




こんにちは。

CHAKA*の真世です。



私のブログを読んでいただき

ありがとうございます❤




私は札幌でコチラ ↓ の活動をしています。


①中東雑貨のセレクトショップ


②ベリーダンス∞シルクベール制作アトリエ


③グリーフケアセラピストによるアカシックリーディングサロン




ざっくり説明すると

人生相談のできる雑貨屋さん

という感じです(笑)。




私は今年から

③グリーフケアセラピストとしての活動

を広げて行きたいと決意しました。



そのために自己紹介を兼ねて

自分の決意を強固にするために、


私が何者であるのかを

皆さんに知っていただくために、


私のSTORYを綴ってみようと思います。




第⑥話「人生のリセットボタンを押してから」

を楽しんでもらえるとうれしいです❤




↑ チュニジアのカルタゴで咲き乱れるブーゲンビリア。

花言葉は「情熱」。




私の本質のひとつって

「情熱」なんだと思います。



あるリトリートに参加したときに

自分の魔法名を付けたのですが(笑)

なんとなく「聖なる炎」にしたところ


講師の方にも

私の本質を表している名前だと

コメントもらったので

きっと「炎」とか「情熱」なんだろうな。



それも、

灰になるまで燃やし尽くす炎。



とことん追求しまくるっていう

マニア体質はホントそのまんま(笑)。




↑ チュニジアの地中海沿いの美しい街、シディ・ブ・サイドにて。




20代までの私は

自分の本質の使い方が下手くそで

間違ったやり方を繰り返していたように

思います。



原因と結果の法則的に書くと


原因

自分の採用していた考え方やり方が

基本から大きく外れていた。


結果

人生をリセットしようと決断するくらい

道を踏み外してしまった。




ちなみに基本とは

わかりやすく言うと常識だけど、


外側から制限される枠組みではなくて

愛をベースに自らが生み出す

人間として基本的な在り方のこと。




その当時の私は燦々たるもので

自分のことが大嫌いで

生きることが苦しくて


誰にも心の内を打ち明けられずに孤独で

傷だらけの状態だったのでとても過敏で

人と接することが怖かったのを覚えています。



自分のことを信用していないから

他人のことも信用できる訳なくて

自分の弱味を見せられず

ひとりぼっちであがいていました。




どんなふうに

道を踏み外していったのか

興味のある方には、個人セッションや

お茶会でお話ししますね(笑)。



↑ 2016年、モロッコのマラケシュにて。




実家に戻って半年ほど

魂の抜けた状態になって

引きこもっていましたが、


少し落ち着きをとり戻した頃に

親から仕事をしろと詰め寄られ

社会復帰することにしました。




勤務先の初日に

新人研修での自己紹介があり

ひとりずつ前に出て挨拶をしなければ

なりませんでした。



私の番になったので話しはじめると

緊張で声が震え

笑顔をつくろうとすると顔が引きつって

ぴくぴくと大げさに痙攣してしまい、


自分ではコントロールできなくなって

しまったんです。



「マジか、、」



自分のメンタルがガチで深刻だと自覚して

電話帳で見つけた個人カウンセリングの

先生のところに相談しに行きました。

(電話帳って懐かしいでしょw)




メンタルクリニックには興味がなくて、


(以前 睡眠薬が欲しくてクリニックに

行ってみたことがあったけど、

その雰囲気を思い出しても

自分がそこでやり直せるイメージが

まったく湧かなかった。)


直感で選んだカウンセリングの先生は

私の人生を大きく変えてくれた

大恩人になりました。



↑ 2017年、札幌の八重桜。




「性格科学センター」っていう

いっぷう変わったネーミング通り


心理学、宗教学、哲学をベースにして

人間の真理をあらゆる角度から

繰り返し繰り返し教えてくれた時間でした。




人前で話しをすると

緊張で声が震えて顔が引きつる

という症状の相談がはじまりでしたが、

(クリニックに行ってたら病名ついてたハズw)


それを入口として

人間の本質在り方などを

さまざまな方向からのアプローチで

個人セッションしてくれた時間でした。




当時の私には難しすぎて理解できない

ことが多かったけど、

精神世界を学びはじめてから

気づいたのは、


先生の教えは精神世界の教えと

ほとんど同じだったってこと。


スピリチュアル要素は一切なかったけど。



私は本当に良い先生に

めぐり会えたんだな。


私の野生の勘は、

私を見捨ててなかったんだなって。

(野性の勘についてはまた後ほど。)




先生の元に週2で通い続けた2年間は

理解のできない難しいことだらけで

それでもとても大切なことを学んでいると

わかっていたから必死でした。



でも

メンタルがある程度落ち着いてきて

転職も決まったので、


私はもう大丈夫かなと思ったのと

私には出来なかったことが多くて

難しすぎると諦めてしまい

辞めることにしました。



先生は私の状態がまだ

中途半端だとわかっていたのですが

心配しながらも送り出してくれました。




それからの私は

わがままは相変わらずでしたが(笑)


社会の枠組みから外れないように

「ふつう」になることを意識して


私という個性を「ふつう」という枠に

押し込めながら生きていました




基本から外れた生き方だった私が

基本通りに合わせた生き方をして


結婚して子どもを産んで

オンラインストアをはじめて


表面上は人生が上手く進んで

いるように見えたかもしれません。




でも私は人生をリセットする前も後も

ずっと生きづらさを抱えていました。



自己評価が低くて

自己嫌悪と自己否定も強くて

他者との比較で一喜一憂して

承認欲求に振りまわされて

自分の正義で他者を攻撃して


過去をリセットしても

闇は変わらず闇のまま残っていたので

人間関係でトラブルが起こったりすると

私の闇が噴出していました。



なぜなら

私が変わったのは外側だけ

内側はほどんど変わってなかったから。




それでも

闇が出てくるのはときどきだったので

差し迫って自分に取り組む必要性を

感じていませんでしたが


ようやく自分の大きな傷も癒え

自分に取り組む準備ができると


なぜかそれがあたり前のように

自己探求の道へ進むことと

なって行きました。



↑ 2017年、札幌の公園にて。




唐突ですが

私を武士にたとえてみると(笑)、、



26年間、誰にも教わらずに

自己流でやってきた剣術の技が

やり方のマズさで自分の体に負担をかけ

再起不能の一歩手前まで行ってしまった。

→ ~26歳



そこで師匠の下に弟子入りして

剣の持ち方から基本通り

技を身につける練習をはじめた。

→26~28歳



師匠の教えはとても高度だったので

自分の理解できる範囲で剣術の修練を

積み重ね、武士として一人前になった。

再起不能になりかけた体の傷も

ようやく癒えた。


それでもときどき、試合やいくさなど

精神的なストレスがかかるような

厳しい条件に追い込まれると

自己流のクセが出てきてしまう

→28~40歳



武士として一人前になってはみたものの

ときどき出てくる自己流のクセに

取り組まなければならない状況に直面し

人生の課題と向き合うために

新たな師匠の下で学びはじめる。

→40~43歳



人間としてもっとも大切なことを知り、

武士として内から生まれる在り方を

体現するために日々実践し

その大切なことを人に伝える取り組みを

はじめる。

→いまココ


という感じです。




40歳から自分を知るという

精神世界の探求をはじめたところで

さらに私の人生は大きく広く

変化することになりました。



↑ 2016年、マラケシュのマジョレル庭園にて。





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