真世STORY⑦ カウンセリングのビフォー・アフター




こんにちは。

CHAKA*の真世です。



私のブログを読んでいただき

ありがとうございます❤




私は札幌でコチラ ↓ の活動をしています。


①中東雑貨のセレクトショップ

②ベリーダンス∞シルクベール制作アトリエ

③グリーフケアセラピストによるアカシックリーディングサロン




ざっくり説明すると

人生相談のできる雑貨屋さん

という感じです(笑)。




私は今年から

③グリーフケアセラピストとしての活動

を広げて行きたいと決意しました。



そのために自己紹介を兼ねて

自分の決意を強固にするために、


私が何者であるのかを

皆さんに知っていただくために、


私のSTORYを綴ってみようと思います。




第⑦話「カウンセリングのビフォー・アフター」

を楽しんでもらえるとうれしいです❤




↑ 2018年、パーリーローズの縄文の聖地をめぐる青森ツアーに参加。

十和田神社の狛犬さん。




私が「性格科学センター」で学んだ

2年間のビフォー・アフター

ご紹介します。


  

<Before>

カウンセリングの初回

「自分の性格(人柄)をどのように思うか?」

という宿題に対する私の回答です。



自己中心的

わがまま

がんこ

感情的

依存しやすい

甘えきったダメ人間

独占欲が強い

しつこい

意地悪

小心者

根気が続かない

問題から逃げる

自分に甘える

常識を頭では理解しているけど身についていない

自分に甘く他人に厳しい

ばか

ムキになる

人の話しを聞かない

他人に指示されたくない

自分が一番でいたい

白黒つけたがる

根は真面目

楽な方に流される

責任から逃げようとする

会話下手

人前で自分の話しをするのが苦手、でも自慢したいのかも




あらためて読んでみると

私って自分のダメ探しが得意すぎる(笑)。



当時の私はとにかく自分が嫌いで

消えてしまえばいいと思いつつも

本当に変われるなら本気で変わりたいと

思っていました。




↑ むっくりしたフォルムがかわいい、十和田神社の狛犬さん。




先生からたくさん教わったなかでも

とくに心に響いた2つをご紹介します。



①負けの理論→真の上達論


②相手がどんな親であっても

子どもとして一流になることが

自分を創る中身になる。




①は私の励みになり

②はどうしても実践することができなくて

諦めてしまったことです。



もう少し詳しく説明しますね。



①負けの理論→真の上達論


負けの理論

結果の悪いことには必然性がある。

つまり、自分の考え方やり方が

原因だからである。

どのようにまずい考え方やり方なのか

あきらかにする。

他者にいちいち指摘されるまでなく

自分の中から今後の努力の方向性、

いま何をすべきかがはっきりする。

真の上達論へ進化する



つまり

自分がグズであると

思い知れば思い知るほど

上達方法を探求し

より最高形態に挑むことができる



これは南郷嗣正の「武道とは何か」

を元にしている上達論です。




この内容をいまどきのスピっぽく

わかりやすく言い換えてみると、


自己肯定感のめっちゃ低い人は

嫌いな自分ととことん向き合うことで

ありのままの自分を受け入れ


よりハイアーな自分に近づくことができる

って感じかな。




負けの理論とは

自己肯定感の高い人よりも

自己肯定感の低い人の方が


よりハイアーな自分を目指して

取り組むきっかけになるので

結果的に大きく変容できる。



これは人生を生きづらいと

感じている人たちの励みになる

上達論だと思います。



親鸞の「悪人正機説」も

同じ仕組みを説いています。




↑ 奥入瀬渓流のぽよぽよした苔。




②相手がどんな親であっても

子どもとして一流になることが

自分を創る中身になる。



たとえ親が暴力的だったり、

感情的だったり、無責任だったり、

常識的な親の姿から外れていても

関係を断ったり疎遠になるのではなく


どんな親に対しても

「生んでくれてありがとう」という

感謝の気持ちを自分の内側から

生み出せるようになること、


そして理想の子ども像に近づくことが

自分を人間として育てることになる。




先生はアル中の父親から殴られながら

育ったそうですが


自分に取り組んで、内から生み出した

基本通りを実践する見事な子どもに

なることによって

親子関係が変わったそうです。




私の親子関係については

カウンセリングでもずっとテーマに

なってはいたものの


私には難易度が高すぎて

つい最近まで取り組めませんでした。




条件の良いときは出来ても

条件の悪いときは出来ない。


条件の悪いときに出来るよう努力することが

自分を創る中身だと理解していても

失敗を繰り返していました。




それから16年経って

父が亡くなったのをきっかけに

母との関係に取り組まなければ後がない

ような状況に陥り、

ようやく自分の人生の課題に取り組むことができました。



そう、自分の人生の課題は

逃げても、先送りにしても、必ず

くり返しくり返しやって来るんです。


早めに取り組んだ方が、その後の人生が

より明るく、軽く、豊かになるので

マジでやっといた方がいいですよ!(笑)



この話しはまた追って。




↑ 十和田湖の近くにある神聖な巨石。



それではカウンセリングのアフターをご紹介します。



<After>

カウンセリングの後半は

新聞に掲載された論評などをテーマに

自分の意見を書く宿題がありました。



2001年に起こった付属池田小事件

最終弁論後の論評をテーマに書いた

文章をシェアします。



付属池田小事件とは

2001年に大阪府で発生した

小学生無差別殺傷事件のことです。


ちょっと長くなるので

興味のある方だけ読んでくださいね。





昨日、池田小事件の最終弁論と意見陳述が終わり、判決待ちとなった。


弁護側は心神喪失もしくは神経衰弱を理由に無罪か刑の減軽を求めた。


その際に幼少期からの宅間被告の異常行動についてエピソードを列挙し病名を当てはめ、精神鑑定で刑事責任能力を認めた「人格障害」の範疇に留まらないとした。


被告は、遺族の求める謝罪の言葉に反発して「幼稚園児ならもっと殺害できた」などと述べた。


―読売新聞参考―




弱者を狙った大量殺人は、人間として許される行為ではない。


遺族が死刑を願うのは当然だ。


子を持つ親たちの多くも、死では償いきれない罪だと怒りを感じているだろう。


私も事件を知った当初は、異常な犯罪者による殺傷事件と捉えていた。


でも、カウンセリングで学んだことを踏まえると、生まれながらの犯罪者なんていないことにも気づいた。


そして程度の差はあれ、犯罪を犯していない人間なんていないことにも気づいた。


弁護側の主張する、事件の原因を被告の異常性に還元して精神障害に逃げるやり方は疑問に思う。


でも「事件が起きた背景をみんなで考える決起にしたい」との意見は大切なのかもしれない。


宅間被告を同じ人間として私なりに理解してみることで、カウンセリングの感想にしたい。




社会に適応した人間も外れた人間も、現在の社会が育てている。


常識や社会的価値を追求する多数の人間にとっては、それ以外の人間は無価値とされる。


否定することでは社会の在り方を保持するだけで、中身を変えることはできない。


宅間被告は外れた人間の代表だ。


被告を理解することは、社会の中身を変える一部分となるのではないだろうか。


被告の自己を正当化した行為を支えたものは何だったのだろう。




被告の幼少期の行動に「弱いものだけいじめた」というエピソードがある。


劣等感の強い人間は弱者を攻撃して優越を感じ、自己の存在を確認することがある。


私も身に覚えがある。


子どもは家庭や学校の集団から優劣意識を身につけ、多くの子どもは解消するために受け入れて努力する。


なかには、親や先生に人間の尊厳を傷つけられ、劣等感から自己評価を低く持ち、問題行動を繰り返す子供がいる。


私もいわゆる問題児だった。




親は「良い子」を強要して子どもの主体性を奪う


優劣関係を基本にして子供に関わると、素直で従順な態度が望ましくなる。


子どもが持つ疑問や意見は反抗と捉えて封じ込め、アメとムチを使って支配する。


人間の尊厳を傷つけられた子供が、あっさりと人間性を失った犯罪を起こすことも必然だ。


「良い子」になれない劣等感から親を拒絶し、仲間と群れるか孤立する。




家族から孤立することは、社会全体から孤立することに繋がる。


社会全体から捉える視点に欠けると、社会性や人間性を身につけることが難しくなる。


常に個人的な価値基準での言動となるので、人間関係を継続することが難しく、仕事も長続きすることがない。


繰り返される失敗で肥大化した劣等意識から自分を守るには、上まわるだけの優越意識が必要になる。




宅間被告は、弱者を攻撃して得た優越意識でしか、自分を支えることができなかった。


劣等感を解消しようと努力した方向が、人間性からますます離れて行くことだった。


問題解決能力の欠如が、幼少期より同じ方法だけを反復させる。


自己を対象化する術を知らない者は、堂々巡りのまま人間になる機会を失っていった。




誰もが劣等感に悩まされることはある。


39歳の大人に同情する気はない。


でも、どんな罪を犯した人間も、幼い頃から犯罪者を目標に努力してきた訳ではないと思う。


もしも、問題行動を繰り返す子どもの気持ちを理解し、信頼関係を結べる大人がまわりにいたなら、問題を受容できる強さと解決する能力を持てたかもしれない。


子どもを育てる家庭・学校・社会の大人たちが自分を問い未熟さを認めて、子どもとの信頼関係を築く努力を忘れてはいけないと思った。




↑ 岩木山神社のお茶目な狛犬さん!




いまあらためて読み返すと

28歳当時の私は、親との関係に

取り組みきれなかった時期だったので

親子関係の視点が浅いと思いました。




ただ物事を考えるときに

単純に事件を善悪でジャッジして

犯罪者を切り捨てるのではなく、


自分ももしかしたら彼のような犯罪者に

なっていたかもしれないという

自分の問題として捉えることが

出来てきてるように感じます。



ダメな相手を切り捨てるのではなく

ダメな相手を理解するために

人間の総体像に位置づけるという作業は

人間の本質を理解するための重要な

考え方やり方だと思いました。

ちょくちょく忘れるけど思い出せばOK(笑)。




でもこのときの私は、
人間にとってものすごく大切なものが
閉ざされていることに
まったく気づいていませんでした。




↑ ツアー参加者だけが教えてもらえる、秘密の神社にいたヤンチャそうな狛犬さん。






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