真世STORY⑤ 人生のリセットボタンを押すまでのこと




こんにちは。

CHAKA*の真世です。




私のブログを読んでいただき

ありがとうございます❤




私は札幌でコチラ ↓ の活動をしています。


①中東雑貨のセレクトショップ

②ベリーダンス∞シルクベール制作アトリエ

③グリーフケアセラピストによるアカシックリーディングサロン




ざっくり説明すると

人生相談のできる雑貨屋さん

という感じです(笑)。




私は今年から

③グリーフケアセラピストとしての活動

を広げて行きたいと決意しました。



そのために自己紹介を兼ねて

自分の決意を強固にするために、


私が何者であるのかを

皆さんに知っていただくために、


私のSTORYを綴ってみようと思います。




第⑤話「人生のリセットボタンを押すまでのこと」

を楽しんでもらえるとうれしいです❤




↑ はじめてのNYは1996年、夜遊び前に気合を入れてメイクとお洒落した(笑)。




私のライフワークのひとつは

クラブ活動です。



クラブ活動って

部活とか趣味のサークルじゃなくって

クラブで踊ること(笑)。




お酒を飲みながら

音楽の波に揺られながら

心地よく気持ちよく踊る時間は


ストレス発散でもあるし

自己解放セラピーでもあるし

私にとって瞑想と同じというか(笑)


何者でもない自分に戻れる唯一の時間

でした。



スピリチュアルっぽく書くと

無心で踊っている私は

「いまここ」にいたんだなって。

(やんちゃだったけどw)



↑ 1997年頃、渋谷のクラブで。

いまもおばかだけど、若い頃はもっとおばかでした。




高校生の頃から夜遊びをはじめて

あと数年でクラブ活動歴

30年周年を迎えるベテランの私(笑)。



東京に住んでいた20代前半は

都内あちこちのクラブをめぐり

横浜や川崎、大阪にも遠征していました。



途中でレゲエダンサーになったので

イベントで踊ったり、R&Bシンガーの

バックダンサーをやったりと

クラブ活動を満喫しまくり。



↑ 1998年頃、三宿のカフェでシュールなアーティスト写真を撮影。




海外旅行先でもクラブ活動必須で

その国のクラブ文化を存分に体験していました。



なかでも印象に残っているクラブやダンスは、、



当時最先端だったNYの大型クラブ

キングストンの路上ダンス(路上にサウンドシステムを設置して老若男女が踊ってた♪)


アムステルダムの招待制イベント

ベルリンのレゲエクラブ

コペンハーゲンのクリスチャニア近くのクラブ


エディルネのロマ(ジプシー)のお祭り

マラケシュの民族音楽の生演奏クラブ

チュニスの海沿いのクラブ


などなど。




いろいろな国に行くたびに

その国のクラブカルチャーをチェック

して、選曲、ファッション、踊り方、

雰囲気、などなど

夜遊びを切り口にその国を知るのが

私のやり方でした。




2016年に行った

モロッコ・マラケシュの大箱クラブ

ヨーロッパからの観光客がメインなので


やたらゴージャスでドリンクも高いけど

(お酒もミネラルウォーターも1ドリンク¥1,000!w)

平日からパフォーマーを沢山入れて

盛り上げていました。



地元のモロッコ人男性は富裕層、

女性は派手なコールガールが多くて

雰囲気はちょっとすさんでたかな。



↑ 2016年、マラケシュのクラブ「Theatro」




イスラム圏でコールガールになるリスクは

日本の援助交際の軽いノリとは訳が違い

おそらく一生の職業になってしまうほどの

重みがあります。



イスラム教を国教と定めている国は

とても保守的で、

都心部の一部の若者以外は

未婚の男女がデートすることもはばかられるくらい。



昼間の観光では見えない社会の仕組みが

夜の世界では垣間見ることができます。




一方、

昨年渡航したチュニジアの夜遊びでは

はしごしたクラブすべてが健全でびっくり。



ゲイクラブであってもダークな香りがなく

明るく楽しくちょっとイナタさもありつつ

健康的に遊んでいました。



海沿いのお洒落な箱では

オールジャンルで洋楽を掛けている

ときよりも、


アラビックポップスに変わった瞬間の

盛り上がりがスゴかった。



自国の音楽で一番盛り上がれるって

ちょっとうらやましかったです。


私は日本が大好きだけど、

J-POPでは気恥ずかしくて

踊れないな~(笑)。


昭和歌謡あたりならイケるかな。



↑ チュニスの高級住宅街にあるビーチ沿いのクラブ「Yüka」。



地元の人と仲良くなるには

その国の人の動きを真似して踊ると

すぐに仲間に入れてくれます。


近年は中東にしか行かないので

ベリーダンスで鍛えたヒップワークが

役立ちまくり(笑)。



言葉がわからなくても

一緒に踊って盛り上がって

一体感を味わいながら楽しく過ごせる

って、私の旅の醍醐味なんですよね。



↑ 2018年、チュニジアの女子たちと「Yüka」にて。





私は4歳からモダンバレを習いはじめ

中学生まで続けました。


レッスンが大好きだった訳でもなく

なんとなく習慣として続けていた

レベルでした。



そこで踊りの才能を開花させて

新体操の選手になったり

体育大学に進む人もいましたが

私はふつうに辞めました(笑)。




その後

2年ほど踊りから遠ざかっていましたが

高校生の頃から親とのケンカが

絶えなくなり、


学校にも家にも居場所を見つけられず

クラブ活動が私の拠りどころ



わがままな性格は相変わらずだったので

集団生活は窮屈だし

自分のやりたいことも見つからず

進路も漠然としていて

私は宙ぶらりん状態でした。



行きどころのないエネルギーを

親とのケンカにぶつけたり

踊りで発散したりと

10代の私は自分を持て余していました




東京で暮らしていた20代前半

子どもの頃から抱えていた自己否定

失恋をきっかけにさらにひどくなり

ますます道を踏み外して行きました。



自己否定が強力になって行くと

自分で自分を苦しめることばかり

やるようになってしまうんです。




顕在意識の自分が、潜在意識の自分に

「だから私はダメなんだ。

こんな私は消えてしまえばいいのに」と

何十年も責め続けていると


潜在意識(無意識)の自分は本気で

顕在意識の自分を消そうとします。

(この話しはまた追って)




思考と心が乖離して

自分が自分を生きていない状態が続き

精神が破綻しかけるところまで行って

ようやく私は実家に戻ることを決断しました。



自分がうつになっていたことも

それによって思考能力が低下していた

ことにも気づけなかったくらい

私は孤独のなかでもがいていました。




そのとき私は

自分の人生を完全にリセットすることに決めました。




私の全データの入った

壊れかけたPCを強引に捨てて、

新しいPCに乗り換えました。



東京での生活、

仕事、

友達、

好きだったクラブ活動、

好きだった音楽、

好きだったものいろいろ、


リセットしたかった記憶と

それにまつわるものすべてを捨てて

ゼロからやり直すことにしました。




続きます。




↑ 2015年、イスタンブールのクラブにいたドラッグクイーンと❤





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