こんにちは。
CHAKA*の真世です。
私のブログを読んでいただき
ありがとうございます❤
私は札幌でコチラ ↓ の活動をしています。
①中東雑貨のセレクトショップ
②ベリーダンス∞シルクベール制作アトリエ
③グリーフケアセラピストによるアカシックリーディングサロン
ざっくり説明すると
人生相談のできる雑貨屋さん
という感じです(笑)。
私は今年から
③グリーフケアセラピストとしての活動
を広げて行きたいと決意しました。
そのために自己紹介を兼ねて
自分の決意を強固にするために、
私が何者であるのかを
皆さんに知っていただくために、
私のSTORYを綴ってみようと思います。
第①話目の「スジの通ったわがまま」
を楽しんでもらえるとうれしいです❤
↑ 2012年 エジプトのギザのピラミッドにて。
現在の活動のスタートは
オンラインストアでのベリーダンス衣装
の輸入販売でした。
2011年に娘を出産して
子育てをしながら自宅でできる仕事を
模索していたところ
趣味のベリーダンスを仕事にしようと
思い至りました。
2013年3月
私が38歳のときにオープンしました。
当時は趣味とはいいながらも
本気でプロダンサーを目指していて
義父母に1歳の娘とダンナwを預けて
エジプトへダンス修行に行ったり
していました。
やさしい義父母とダンナの協力が
あっての私の自由でした。
↑ ちなみに産前にも行ったので、産後は2度目のエジプト。
ガラベーヤ(民族衣装)を着たオジサンと。
娘はまだ言葉をわずかしか理解できない
時期だったので
私が10日後に帰ってくることがわからず
私が急にいなくなってしまったので
精神的に不安定になってしまったそうです。
新聞に載った髪の長い女性の写真を見て
ママが恋しくて泣いたり
窓から外を眺めながら声を出さずに
泣いていたりしていたと。
当時のことを振り返ると
幼い娘を不安と寂しさのなかに
置き去りにしてしまったことを
いまでも涙が出るほど
申し訳なく思っています。
自分勝手な理由で幼い娘を置いて
海外へ行ってしまうなんて
わがままな母親だと思います。
振り返ると私のわがままは筋金入りで
親にも
幼稚園の先生にも
小学校の先生にも
わがままだと言われ続けてきました。
大好きだった幼稚園の先生から
親にあてた卒園アルバムのメッセージに
「わがままな性格なので
協調性を育ててください」
とストレートなコメントがあり
幼心にショックを受けました。
私は自分のことをわがままだと
思ったことがなく、
自分の何がわがままなのか
よくわかりませんでした。
でもわがままという言葉は
ネガティブな意味で使われることを
理解していました。
小学校の通知表のコメント欄にも
「わがままな性格なので注意しなさい」
的なことが何度も書かれていました。
でも私の唯一の理解者だった
小学3~4年の担任だった先生には、
わがままだと書かれたことは
一度もありませんでした。
他の先生と何が違ったのでしょうか。
幼い頃から私は好奇心が強く
何でも自分がやってみないと
気が済まない性格でした。
親が何を言おうが
やりたければやる。
やってみて失敗して親に怒られても
めげずにまたやってみる。
やってみないと
何が真実かわからないから。
逆にやりたくないことは
ほとんどやらない。
まわりがやってるからとか
それがあたり前だからとか
納得できない理由ではやらない。
親に強制されて渋々やるときは
反抗しながらだったように思います。
いま思えば私のわがままって
家庭や学校のルールよりも
自分のルールを優先していた
だけだったのかなと。
娘を置いてエジプトへ行ったのも
いまこのタイミングで行く必要があると
決心したから行ったわけで
それをきっかけにオンラインストアを
オープンすることになったんです。
あのタイミングで
エジプトへ行ってなければ
違う道を進んでいたかもしれません。
↑ デザイン性の高いハンガリーのブランドコスチューム。
エジプト渡航をきっかけに
2013年にオンラインストアを起ち上げ
エジプト・ハンガリー・トルコの衣装を
輸入販売するようになりました。
ITで起業した友人
めっちゃビューティーなダンス仲間に
モデルをお願いして撮影した写真は
マネキン撮影がほとんどだった
同業他社のなかで際立って美しく
元ライターの私がガチで書いた
商品コピーはツボを心得ていて
私のオンラインストアは
ベリーダンス業界のなかで
洗練されたセンスの良いショップとの
地位を確立しました。
私の商品コピーをパクっていた
ショップさんも複数いたくらい
注目されていたし(笑)。
私は出産するまでライターをやっていて
雑誌の編集経験もあったので
オンラインストアの編集は
それまでの経験を生かすことができたんです。
↑ ベリーダンスの本場であるエジプト製のコスチューム。
初年度の売上は600万円くらいで
初めての起業にしてはなかなか
やるじゃんと思っていました。
衣装は単価が高いのですが
仕入れ原価も高いので利益は薄めでしたが
毎月のわずかなお小遣い以外はすべて
お店の運転資金にして
少しずつ規模を大きくしていきました。
↑ トルコのロマ(ジプシー)ダンスのコスチューム。
オリジナルブランドとして商品化したはじめての衣装です。
ちなみにエジプト渡航の翌々年に
また娘とダンナを義親に預けて
トルコへ行ったのですが(4度目~)
さすがに帰国してから義父に叱られました(笑)。
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